転職チャレンジ!〜会社を辞めたい人の為の仕事の探しとやめ方まとめ

転職成功者のアドバイス

退職を決めてから辞めるまでが大変!退職までの日程の設定は重要!

更新日:

大手教育出版社で企画編集に携わっていて、仕事はやりがいがあった

私は当時、大手教育出版社で情報サービスの開発や企画編集の仕事をしていました。

希望を出して着任した部署で、仕事内容は、思っていた通り面白く、残業時間が長い季節もありましたが、前向きに働いていました。

しかし、辞めることを決意したその年、業績悪化を食い止めるために部長が変わりました。そして、年度替わりに課長が変わりました。

他の部でも同じようなことが起こっていました。

中には数か月で部長と課長と係長が変わってしまう組織もありました。

立て続く組織変更が原因で、職場の雰囲気がドンヨリした空気に包まれました。

変な宿題が出され、本来業務ではない業務が増えて、納得できない残業もどんどん増えました。

上司の怒号があちらこちらで聞こえ、給湯室は悪口大会。

そして、年度末に私のいる組織は解体することになり、残る仕事は違う部署に吸収されることになりました。

それが決め手となり、私は会社を辞めることを決意しました。

家族から上長まで退職の意志を伝えた。上司の最初の反応は拒絶

まずは実家の家族に電話をかけ、「会社を辞めます」と報告しました。

大学を卒業して、最初に入社した会社。

父親から「その後どうするんだ?」と聞かれました。

私は「はっきりは決まっていないけど、東京で転職活動するつもり」父親は「・・・いつまでやってるんだ?」と言いました。

初めはどういう意味なのか分かりませんでした。結局それ以上の話はせず、電話を切りました。

当時私は28歳で、東京で一人暮らしをしていました。

恐らく「いつまで実家から離れた東京で、一人暮らしをしながら夢を追いかけてるんだ。いい加減、実家に帰って婚活でもして、子どもを産むことを考えてなさい」と言いたかったんだと思います。

会社には私よりも年上の独身女性も多く、結婚のことなど全然考えていませんでした。

でも、実家の親としては、もうタイムリミットだと感じたのでしょうね。

私の母が私を産んだのは、24歳のときでしたから。

それから、地方の支社で働いていたときにOJTでお世話になった女性の先輩に電話をしました。

彼女は「あなたがそう思うんなら、いいんじゃない?それより、最近会ってないよね。いい店見つけたから今度飲みましょう」という感じでした。

翌日、当時の部署で働く先輩の同僚たちにも話しました。

皆、同じように「とうとう辞めるんだね。いつ辞めるの?頑張ってね!」とあっさりした感じでした。

中には「実は私も辞めようと思ってるの。はっきり決まったら相談させてね」と言う女性もいました。

自分から伝えたい人たちに一通り報告を済ませた後、所属する課の会議があったので、その後に話すことにしました。

タイミング悪く、会議の最後に、私の後輩の結婚報告がありました。

「おめでとう!」と嬉しそうに手を叩く上司に、この後退職の報告をするのは気まずい・・・と思いましたが、時は金曜日の夕方。

来週にまたぐのが嫌で、意を決して報告しました。

課長を会議室に呼び出し「すみません、退職します」と報告しました。

課長は、年が10歳位離れた男性でした。

「本当に?ちゃんと家族には報告したの?」「はい」「大好きな○○さんには言ったの?」「はい」「お世話になった△△さんには言ったの?」「はい」まるで親か兄のような口調でした。

そして、長い沈黙の後「・・・ふざけるな!!」と叫んで帰ってしまいました。

スポンサードリンク

私は来週課長に何を言われるのか、本当に恐ろしくて週末はあまり寝られませんでした。

しかし翌週、月曜・火曜と課長は体調不良でお休みしました。

そして、水曜日「関係する○○部長と△△部長には報告してください」と冷静に言われました。

あの流れだと必死に止められるのかと思いましたが、もしかすると、月曜、火曜休んだことで機を逸してしまったのかもしれません。

その週「辞めるかもしれない」と言っていた先輩女性も退職を決め、上司に報告したようでした。

報告から1週間程度のときに、3人でミーティングし、退職時期をいつにするか決定しました。

私たちは翌年度の人事が動く前に退職の意を伝えた方が良いだろう、と1月に課長に話をしました。

なので、タイミングとしては年度末の3月、もしくは翌年度のボーナスが支給される5月があるということでした。

一旦持ち帰り、最終的に5月に決め、課長に伝えました。

退職の意思を伝えてからが地獄!無理な仕事を押し付けられ毎日疲弊

辞めると決まってからも、今までやっていた仕事はそのまま続きました。

しかし、上司の当たりが段々強くなりました。

まず、他部署からのちょっとした依頼や締め切りが非常に短い仕事は、必ずと言っていいほど私に振られました。

私は30代の男性と入社2年目の女性と3人で仕事を割り振りしていたのですが、入社2年目の若手に行くようなちょい仕事もほとんど私に来ました。

振り方も「締め切り短いのに悪いね」のような言葉はなく、ガンガン来ました。

日報のようなものに、業務の提案のようなものを書くと、呼び出されて「お前に言われたくないんだよ!!」とすごまれました。

暫くたってから入社2年目の後輩にも仕事を辞めることを話しました。

その頃から、その子の志気が目に見えてガタ落ちで、顔色も悪くなっていきました。

彼女曰く「課長が嫌だ。盾になってくれる人が辞めるなんて辛すぎる」ということだったのですが、課長からは「お前のせいだ、かわいそうだ、本当は彼女を隣の部署に異動させて経験を積ませたかったのに計画が倒れた」と言われました。

日が経てば経つほど、暴言や悪い態度を取られることが多くなりました。

退職するまでが長すぎた!退職までのスケジュール設定は慎重に!

退職の意を伝えてから、実際辞めるまでが長すぎたと思いました。

人事のことを考えて、良かれと思って早めに伝えましたが、ギリギリに伝え、スパッと辞めた方がお互いのために良いのかもしれません。

本来であれば、転職する気であれば在職中に転職活動すべきなんでしょうが、毎日に疲弊しすぎて転職活動できませんでした。

借り上げ社宅に一人暮らしだったので、次の住居を考えた方が経済的に良いことも分かっていましたが、そちらも全く考えられないまま日々が過ぎました。

辛抱、辛抱の毎日でした。

私と一緒に暫くいた女性も、同じように疲弊していました。

ストレスで腰が痛くて動けないくらいになっていました。

会社に来させられていましたが・・・。

最後の一週間は、デスクの片付けや引継ぎ、社内外のお世話になった方々へのメールやご挨拶、退職に向けての手続き等々で大忙しでした。

仕事も平行して振ってきましたので、他部署の上司などに「まだ仕事抱えてんの?大変だね」と苦笑されたりしました。

今となっては課長の気持ちも分かりますし、いい思い出ですが、当時は本当に辛かったです。

結婚より離婚が大変といいますが、入社より退社も大変かもしれません!!



2017年現在の今は転職の絶好のチャンスです。タイミングを逃すと転職が難しくなるのは間違いありません。

就職氷河期と比べ、好景気の今は完全な売り手市場。

企業も積極的に採用を進めており、条件面も格段にアップしています。

しかし、好景気には必ず終わりが訪れ仕事が無くなる時が必ず来ます。

実際に、『オリンピック前には状況がガラっと変わる。』と予測する専門家も少なくありません。

また、年齢とともに転職が難しくなるのは言うまでもないですよね。

将来的な転職を考えているのであれば、人生を失敗しない為にも、1日でも早く行動をする事をおすすめします。



<よく読まれている人気記事>


-転職成功者のアドバイス

Copyright© , 2018 AllRights Reserved.