転職チャレンジ!〜会社を辞めたい人の為の仕事の探しとやめ方まとめ

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様々な職業を転々とし、夢を見つけることができた!看護師を目指して勉強中

投稿日:2017年3月9日 更新日:

高校卒業後レジャー施設内の飲食店に勤務した

私は高校を卒業してすぐレジャー施設に入社しました。配属先は飲食店でした。

能力がある子はフロントや、宿泊のほうへ配属されました。

接客業なので、祝日や土日サービス残業なんて当たり前でした。

ですがそれが当たり前になっていき、逆に平日休みのほうが混んでないし私はよかったです。

しかし、時間の割に給料がもらえず、アルバイトで働いたほうが稼げているほどの収入でした。

だいたい手取りで13万くらいです

ボーナスも会社が赤字続きで出ないときがありました。

13万が今の私の能力に比例しているんだと働いてから思い知らされました。

会社は倒産することを知りぎりぎりまでいることを辞めさっさっと退職し、寮も出ました。

三年間ぐらいでしょうか。

正社員で働いていて何が嫌かというと、残業が多くなかなか帰れなかったことです。

サービス業はどこもそうなのかな?と三年間は連休もなかったので、旅行など遊ぶこともしていませんでした。

本当にやりたいことで、仕事にやりがいを感じているならきっとそんなことでも頑張れたでしょう、当時どこでもいいから就職しないとと焦って入った会社です。

夢ややりたいことももてず就職してしまったことが、人生の失敗でした。

夢はあったんですが、親をうらみます。

最悪な家庭環境でした。親は働かず借金ばかり、大学など行けるような環境ではありませんでした。

しっかりした親のもとで生まれたら、こんな人生おくってなかっただろうと思います。

退職後はパチンコ屋でアルバイトを始めギャンブル依存症も治った

会社を辞めてからすぐパチンコ屋でアルバイトをしました。

これは時給も高く、私にとっての天職でした。

慣れてくると難しいこともなく、カウンターに入ってからは玉おろしもしなくてすむので、お金の管理にかかわり責任は高くなりますが、以前の仕事に比べ、給料も倍くらいちがい、アルバイトでもボーナスはもらえるは、最高でした。

実は以前の会社で働いてる時はストレスでか、そしてパチンコ屋がすぐ近くにあり、ギャンプル依存症になってました。

働いたあとにすぐパチンコを打ち給料を使いはたしてしまう。

最悪の生活をしていました。

毎日ぎりぎりの生活でいつも給料前になるとなくなり会社の食堂のおにぎりだけ食べるとかしてました。

プール温泉の施設だったので帰りお風呂もただでした。

なので利用してました。

パチンコ依存症はパチンコ屋で働いてからはなくなりました。

毎日来てる若い人がいて、働かないのだろうか?と、その時私もこんなふうに見られていたのかな??

パチンコをしばらくしているのもあって知識があったので常連のお客さんと台のことで話すのも楽しかったです。

パチンコ依存症がなくなり貯金もできるようになりました。

そしたら今までできなかった旅行や友達との食事欲しいものをご褒美に買ったり 親に美味しいご飯をたべにつれていったりお金を短期で貯めるにはとてもいいアルバイトだと思います。

ただやはり世間にはあまりパチンコ屋で働いてるとはイメージがよくなく、言えませんでした。

みんな夢の仕事をつかみ、役職をもってる友達もいる中私はただのフリーターなのでした。

久々に会ってる友達に今なにしてる?と聞かれると言えませんでした。

パチンコ屋も4年ほどいました。これも、後先のこと考えず世間たいのことを考え、就職したいからという理由で辞めました。

いくらでも戻れましたが、私のプライドでしょうか??

それはできませんでした。

工場勤務や携帯ショップなどしばらく職を転々とした

次の天職先に定着するまでが時間がかかります。

前職が時給よかっただけに同じ時給のところは派遣くらいしかなく、はじめ工場にしたんです。

これが一週間ともちませんでした。

今まで動いていた仕事だったからか、じっとしていると気持ちわるくて何度も吐いてしまいました一週間しても吐くことはなおらなかったので理由をいい辞めました。

あとでかい大手の工場だったのですが、男性ばかりで馴染めませんでした。

次に携帯ショップをすすめられたのですがこれもだめでした。

やりたいことでもない、 これもじっとしていたら気持ちわるい、、もう自立神経がおかしくなってたのかもしれません、、仕事を失ったとき、パチンコ屋が急に愛しくなりました、戻りたい。

どんな仕事でもいいとさえ思うようになりました。

そのほか色々工場 ピッキング見学させてもらいましたが、雰囲気が慣れませんでした。。

クリニックの看護補助の仕事をするうちに看護師を目指すようになった

派遣はもうどれもだめだろうと思い、アルバイトを自分で探しました。

そこでクリニックの看護補助です。

社会保険にも入れてボーナスはないが手取り14万ほどだったので応募したら採用されすぐ働くことになりました。

覚えるまで辛かったですが、覚えると身体も動かしますし、色んな患者さんを見るのが楽しかったです。

医師の診察の説明をとなりで聴けるので 色々呼吸器の勉強になりました。

ただ補助は1人だけで 私だけボーナスもないですし、やはり、雑用をさせられるんですね、今看護師さんもできるのに洗濯などもかならず補助です。

医療行為はできないからしかたがないですが、、そんな不満もあり、勉強して看護学校受験して合格して見返してやろうと思い、一年間看護補助を頑張りながら、勉強頑張りました。

見事合格しました。

看護師さんのいままでの私に対する扱いがガラリと変わりました。

学校に行かなければいけなくなったので、バイトは辞めましたが、看護補助として働かなければ学校受験を考えていませんでした。

今はテストに実習に辛いですが勉強できることに喜びを感じています。

頭まで アルバイトを転々としてきました。

夢をもち進路をはやくから決めておくのは大事なことだと今になって思います。

時間は巻き戻せないですからね、職業によっては目指すのにはおそかったって職業もあるわけです。

夢をかなえるために、なりたいもをのみつけることと、あとは親の収入も大切です。

なりたくてもきっと親がお金ないこは諦めた子はたくさんいる。

私は今看護師になららたいと夢ができた。

かならずなっていままでの 自信のなかった自分からぬけだしたい。

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